30年の時を費やし熟成した福島章恭の音楽〜ロマン派交響曲に注ぐ眼差し
福島章恭さんとの出会いは今から30年前。気鋭の音楽評論家vs新聞社の音楽担当編集委員の図式だった。新聞記者は毎日誰かを取材し、記事を書く。これまで会った人の数は膨大で、ほとんどが一期一会で終わるなか、福島さんとは不思議なことに周期的に遭遇してきた。最初は高名な先輩評論家と堂々肩を並べての共著の出現に目をみはったが、世紀の変わり目あたりから合唱指揮&指導者に転身、大阪フィルハーモニー合唱団を拠点に目覚ましい成果をあげ始めた。コロナ禍前年の2019年には東京・サントリーホールでブラームスの「ドイツ・レクイエム」を〝仇敵〟ワーグナーの「ジークフリート牧歌」と並べて指揮、静謐な時間の流れの中に福島さんの生死感や世界平和への願いがこもり、オーケストラ音楽の指揮者への期待を募らせた。私の願いはコロナ渦中の2021年、東京フォルトゥーナ室内管弦楽団を指揮した「福島章恭シリーズvol.2
珠玉のモーツァルト&ベートーヴェン」(4月17日、杜のホールはしもと)で初めて満たされる。楽譜の隅々まで入念に読み込んだ痕跡はもちろん、合唱指揮で共演した内外様々な指揮者の様式感や現場処理の手法が脳内のデータに収まり、本来の豊かな歌心がごく自然なフレージング、アーティキュレーションとともに聴き手の耳(と心)へと届く。次のチャレンジは「歌なし」のブラームスの「交響曲第1番」とリート(ドイツ語歌曲)の王者シューベルトの「交響曲第7番《未完成》」。ロマン派の高峰に挑む。声楽から器楽、その統合へと歩を進めてきた福島さんの「30年熟成」を味わえるはずだ。
池田卓夫
音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎